事例解説!相続人の一人が意思能力を欠く場合の対応

皆さん、こんにちは。 蒼生(そうせい)法律事務所、代表弁護士の平野潤です。
遺産相続は、相続人全員で「誰が、どの財産を、どれくらい受け継ぐか」を話し合う
「遺産分割協議(いさんぶんかつきょうぎ)」を経て、手続きを進めるのが一般的です。この協議は、相続人全員の合意があって初めて法的に有効となります。
しかし、もし相続人の中に、高齢による認知症や、知的障害、あるいは事故による後遺症などで、ご自身の意思をはっきりと示すことが難しい方がいたら、どうすればよいのでしょうか。
「家族なんだから、他の皆で決めてあげればいいだろう」 「本人の実印さえあれば、書類は作れるのでは?」
こうした安易な判断は、実は非常に危険です。その遺産分割協議全体が「無効」となり、後々深刻なトラブルに発展する大きなリスクを孕んでいます。
今回は、相続人の一人が「意思能力(いしのうりょく)」を欠く場合に、法律に則った正しい対応方法を、事例を交えながら分かりやすく解説します。

大前提:「意思能力」のない法律行為は「無効」です

まず、最も重要な法律のルールについてお話しします。 意思能力とは、簡単に言うと「自分が行うことの意味や結果を正しく理解し、判断できる能力」のことです。
契約を結んだり、重要な決定をしたりする際には、この意思能力があることが大前提です。もし意思能力がない状態で行われた契約や合意(法律行為といいます)は、法律上「無効」と定められています。
遺産分割協議も、相続人全員で財産の分け方について合意するという、非常に重要な法律行為です。したがって、相続人の一人でも意思能力を欠く状態にあれば、その方が参加した(あるいは参加させられた)遺産分割協議は、残念ながら法的な効力を持たないのです。

【意思能力を欠くと判断されうるケース】

ケース
重度の認知症を患っており、家族の顔や自分の名前も分からない。
知的障害があり、遺産分割という複雑な内容を理解することが難しい。
交通事故で遷延性意識障害(いわゆる植物状態)となり、意思の疎通ができない。

絶対NG!よくある失敗・勘違いとそのリスク

この問題を軽く考えてしまうと、取り返しのつかない事態につながります。

失敗例1:本人を無視して、他の相続人だけで協議書を作成した

「お母さんは認知症で何も分からないから」と、長男と次男だけで遺産分割協議を成立させ、お母様の署名・捺印を勝手にして協議書を作成。
しかし、銀行に預金の解約を申し出ても「ご本人様の意思確認ができないため応じられません」と断られ、不動産の名義変更(相続登記)も法務局に却下されてしまいました。

【リスク】
この遺産分割協議は完全に無効です。金融機関や法務局といった公的な機関は、意思能力に疑いがある場合、手続きをストップさせます。
後から専門家(後述する成年後見人など)が関与した場合、協議のやり直しを求められ、深刻なトラブルに発展します。

失敗例2:本人は同意している「つもり」で手続きを進めた

軽度の認知症の父が「お前に全部任せる」と言ったのを鵜呑みにし、息子が自分に有利な内容の遺産分割協議書を作成。
しかし、他の兄弟から「父の判断能力が不十分な状態での合意は無効だ」と訴訟を起こされ、協議のやり直しを命じられました。

【リスク】
たとえ本人が「いいよ」と言ったとしても、その言葉が法的に有効な意思表示と認められるかは別の問題です。
特に、特定の相続人にだけ有利な内容になっている場合、後から「本人の真意ではなかった」として、他の相続人から無効を主張されるリスクが非常に高いです。

法的解決策:「成年後見制度」「特別代理人」の活用

では、どうすれば法的に正しく手続きを進められるのでしょうか。「成年後見制度」あるいは「特別代理人」の活用という方法が考えられます。
これらは、意思能力が不十分な方の権利や財産を守るために、裁判所が援助者(代理人)を選任する制度です。この援助者が、本人に代わって遺産分割協議に参加することで、法的に有効な合意を成立させることができます。
それでは、「成年後見制度」「特別代理人」について、詳しく見ていきましょう。

1.成年後見人(せいねんこうけんにん)の選任

【どんな時に使う?】 認知症や知的障害など、継続的に判断能力が不十分な状態にある方のために利用する制度です。 遺産分割協議のためだけでなく、その後の本人の財産管理や身上監護(介護サービスの契約など)も長期的にサポートしていくことになります。
【誰がなる?】 親族のほか、弁護士や司法書士などの専門家が家庭裁判所によって選任されます。

【メリット】
一度選任されれば、遺産分割だけでなく、その後の財産管理全般を任せられるため、本人の生活を守る上で非常に安心感が高いです。

【デメリット】
選任まで数ヶ月の時間がかかります。また、後見人は家庭裁判所に定期的な報告義務を負い、専門家が就任した場合は継続的な報酬が発生します。

【出典】 成年後見制度(裁判所):
https://www.courts.go.jp/saiban/koukenp00/koukenp1/index.html

2.特別代理人(とくべつだいりにん)の選任

【どんな時に使う?】 これは、特定の法律行為(今回の場合は遺産分割協議)において、本人と代理人となるべき人との間で利害が対立(利益相反)してしまう場合に利用する、一時的な代理人です。
最も典型的な例は、「母親と未成年の子供」が共に相続人となるケースです。 母親が子供の代理人として遺産分割協議に参加すると、「母親自身の取り分を多くし、子供の取り分を少なくする」ことができてしまいます。このように、立場上、利益がぶつかってしまう状態を利益相反といいます。
意思能力のない相続人の場合も同様で、例えば「長男が、認知症の母親の代理人として、他の兄弟と遺産分割協議をする」というのも利益相反にあたります。
【誰がなる?】 その遺産分割協議において利害関係のない親族や、弁護士などの専門家が家庭裁判所によって選任されます。

【メリット】
あくまでその遺産分割協議のためだけの一時的な代理人なので、成年後見制度に比べて手続きが比較的シンプルで、費用や手間も抑えられます。

【デメリット】
サポートはその遺産分割協議限りです。認知症の方など、継続的な財産管理が必要な場合には対応できません。

【出典】 特別代理人選任(利益相反)(裁判所):
https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_11/index.html

相続で失敗しないために、弁護士に依頼するメリット

成年後見制度の利用は、ご自身で進めるには非常に複雑で、多くの書類作成や家庭裁判所とのやり取りが必要になります。
私たち弁護士にご依頼いただければ、以下のような包括的なサポートが可能です。

【サポート内容】

  • 最適な制度のご提案
    ご本人の状況やご家族の希望を丁寧にお伺いし、「成年後見」と「特別代理人」のどちらが適切か、的確に判断しご提案します。
  • 複雑な裁判所手続きの代理
    申立てに必要な診断書の手配から、膨大な申立書類の作成、裁判所との面談まで、全ての手続きを代行します。
  • 後見人・特別代理人の候補者就任
    弁護士自身が後見人等の候補者となることで、中立公正な立場で手続きを進め、他の相続人の皆様にも安心して協議に臨んでいただけます。
  • 遺産分割協議の円滑な進行
    代理人として、ご本人の権利(法定相続分)が不当に侵害されることのないよう、法的に適切な内容で遺産分割協議をまとめ上げます。
  • おわりに

    相続人の一人が意思能力を欠くという状況は、法的な問題と、ご家族の介護や想いといった感情的な問題が複雑に絡み合う、非常にデリケートな問題です。
    「面倒な手続きは避けたい」「家族のことだから内々で済ませたい」というお気持ちは、痛いほどよく分かります。しかし、その優しさや気遣いが、後になって法的な無効を招き、かえってご家族を大きな混乱に陥れてしまう可能性があるのです。
    大切なのは、ご本人の権利と財産を守り、他のご家族も安心して手続きを終えられるよう、法律というルールに則って、一歩一歩着実に進めることです。
    もし今、このような状況でお悩みでしたら、どうかご家族だけで抱え込まず、私たち専門家にご相談ください。あなたのご家族にとって最善の道筋を、法律と実務の両面からご提案させていただきます。
    蒼生法律事務所では、相続に関する初回相談を無料で承っております。まずはお気軽にお問い合わせください。