皆さん、こんにちは。
大阪市北区、西天満で相続問題に力を入れている、蒼生(そうせい)法律事務所、代表弁護士の平野潤です。
「夫が亡くなった後、この家に住み続けられるだろうか…」
「遺産はほとんどが自宅だから、他の相続人とどうやって分ければいいのか…」
私が日々お受けするご相談の中でも、特にご高齢の奥様から、このようなお悩みを伺う機会が非常に多くあります。長年連れ添ったパートナーを亡くされた悲しみの中で、さらに「住まい」という生活の基盤まで失いかねない不安を抱えるのは、本当にお辛いことだと思います。
実は、このようなお悩みを解決するために、2018年に民法が改正され、「配偶者居住権」という新しい権利が誕生しました(施行は2020年4月1日)。
この制度は、残された配偶者様が、住み慣れたご自宅での生活を守るための、非常に強力な選択肢となり得ます。しかし、新しい制度であるがゆえに、「名前は聞いたことがあるけど、よく分からない」「自分たちのケースで使えるの?」といった疑問をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
そこで本記事では、相続の専門家である弁護士の視点から、「配偶者居住権」の基本から、具体的な活用方法、メリット・デメリット、さらには節税効果に至るまで、どこよりも分かりやすく、詳しく解説していきます。
この記事を読み終える頃には、ご自身の状況に当てはめて、配偶者居住権が有効な選択肢になるかどうか、具体的なイメージが掴めるはずです。相続でお悩みの方、将来の相続に備えたい方は、ぜひ最後までお付き合いください。
配偶者居住権とは?~大切なご自宅に住み続けるための権利~配偶者居住権の定義
まず、結論からシンプルにお伝えします。
配偶者居住権とは、亡くなった方(被相続人)の配偶者が、相続が始まったときに住んでいた建物に、原則として亡くなるまで無償で住み続けることができる権利のことです。
たとえそのご自宅の所有権を他の相続人(例えばお子様)が相続したとしても、「住む権利」だけは法的に保護され、安心して暮らし続けることができるのです。
なぜこの制度ができたのか?(法改正の趣旨)
この制度が作られた背景には、日本の高齢化社会が深く関係しています。
以前の法律では、例えば「遺産が評価額3,000万円の自宅と1,000万円の預貯金」というケースで、相続人が配偶者と子1人だった場合を考えてみましょう。
法定相続分は2分の1ずつなので、それぞれ2,000万円分の遺産を相続する権利があります。もし配偶者が住み慣れた自宅を相続したいと希望した場合、自宅の評価額が3,000万円なので、自分の相続分2,000万円を超えてしまいます。この場合、差額の1,000万円を、自分の預貯金などからお子様に支払う(代償金と言います)必要がありました。
もし手元に十分な預貯金がなければ、最悪の場合、自宅を売却してお金に換え、それを分け合うしかなく、結果として住む場所を失ってしまうという悲劇が起きていたのです。
このような事態を防ぎ、残された配偶者の居住の権利と、その後の生活資金を確保することで、安心して老後の生活を送れるようにする。これが、配偶者居住権が創設された大きな目的なのです。
(出典:配偶者居住権の概要(法務省))
配偶者居住権が成立するための要件
この心強い権利は、誰でも自動的に得られるわけではありません。以下の3つの要件をすべて満たす必要があります。
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法律上の配偶者であること
戸籍上の夫婦であることが必要です。残念ながら、長年連れ添った内縁関係(事実婚)のパートナーには、配偶者居住権は認められません。
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相続開始時に、被相続人所有の建物に住んでいたこと
亡くなった方が所有するご自宅に、配偶者が住んでいたという事実が必要です。例えば、配偶者が主に老人ホームで生活しており、ご自宅が空き家だったようなケースでは認められません。
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以下のいずれかの方法で配偶者居住権を取得したこと
- 遺言: 被相続人が生前に「妻に配偶者居住権を遺贈する」と遺言書で指定する。
- 遺産分割協議: 相続人全員の話し合いで、「母(配偶者)が配偶者居住権を取得する」と合意する。
- 死因贈与契約: 生前に夫婦間で「私が死んだら、この家の配偶者居住権をあなたに贈与します」という契約を結んでおく。
- 家庭裁判所の審判: 相続人間の話し合いがまとまらない場合に、裁判所の手続きで決定する。
配偶者居住権の権利がなくなる場合(消滅事由)
原則として生涯続く権利ですが、以下のような場合には消滅します。
- 配偶者の死亡
- 存続期間の満了(もし「10年間」などの期間を定めていた場合)
- 建物の全部が滅失(火事や地震で家がなくなってしまった場合など)
- 用法違反による消滅請求
これは少し注意が必要な点です。配偶者は、建物の所有者(例えば子)の承諾なしに、家を大規模に増改築したり、勝手に他人に貸したりすることはできません。もしこのようなルール違反をした場合、建物の所有者から権利の消滅を請求される可能性があります。
所有権との違いは?~「住む権利」と「持つ権利」~
配偶者居住権を理解する上で非常に重要なのが、「所有権」との違いです。
所有権 | 「その物を自由に使用・収益・処分できる」というオールマイティな権利です。 自分で住むのはもちろん、人に貸して家賃収入を得たり、売却したり、担保に入れてお金を借りたりすることができます。 |
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配偶者居住権 | 「これは「使用」すること、つまり「住む」ことに特化した権利です。 人に貸したり、売却したり、担保に入れたりすることはできません。 |
イメージとしては、1つの不動産から「住む権利(配偶者居住権)」と「それ以外の権利(負担付きの所有権)」を分離させる、と考えると分かりやすいかもしれません。
配偶者は「住む権利」を取得し、お子様などが「所有権(ただし、配偶者が住んでいる間は自由に使えないという“負担”が付いたもの)」を相続する、という形になります。
この「権利の分離」という考え方が、次の章で解説する遺産分割の柔軟化や、相続税対策の鍵となってくるのです。
相続税対策になるって本当?~節税効果を解説~
配偶者居住権の大きなメリットの一つに、相続税の節税効果が期待できる点が挙げられます。特に、将来発生する「二次相続」まで見据えると、その効果は大きくなる可能性があります。
評価額の分離による節税
相続税を計算する際、財産は一つひとつ評価額を計算します。配偶者居住権を設定すると、不動産の評価額が以下の2つに分けて計算されます。
- 配偶者居住権の価額(配偶者が相続する部分)
- 負担付き所有権の価額(子などが相続する部分)
この「配偶者居住権の価額」は、建物の評価額から、配偶者の平均余命などに基づいて計算されるため、所有権そのものを相続するよりも低い評価額になります。
例えば、評価額3,000万円の自宅を、配偶者が所有権としてまるごと相続した場合、3,000万円分の財産を相続したことになります。
しかし、配偶者居住権(例えば評価額1,200万円)を取得した場合、配偶者は1,200万円分の財産を相続したことになり、残りの1,800万円分は負担付き所有権としてお子様が相続します。
これにより、配偶者は相続する財産の評価額を抑えることができるため、その分、預貯金などの他の財産をより多く相続できる余地が生まれます。これが、残された配偶者の生活資金確保に繋がるのです。
二次相続での大きな節税効果
さらに重要なのが、二次相続、つまり、配偶者が亡くなった時の相続への影響です。
配偶者居住権は、配偶者の一身専属の権利(その人一代限りの権利)なので、配偶者が亡くなると同時に消滅します。
これは、何を意味するのでしょうか?
そうです。二次相続の際に、配偶者居住権は相続財産に含まれないのです。
先の例で見てみましょう。
もし配偶者が自宅の「所有権」を相続していた場合、配偶者が亡くなった時には、その自宅(評価額3,000万円)がお子様への相続財産となります。
しかし、「配偶者居住権」を取得していた場合、配偶者が亡くなっても、権利は消滅するだけ。お子様の手元には、元々相続していた「負担付き所有権」が、配偶者の死亡によって負担のとれた「完全な所有権」として残るだけです。新たに相続する財産は発生しません。
これにより、二次相続における相続財産を大きく圧縮でき、結果として一次相続と二次相続をトータルで考えた場合に、支払う相続税の総額を大幅に減らせる可能性があるのです。
これは、特に財産額の大きいご家庭にとっては、非常に有効な相続税対策となり得ます。
メリット・デメリットと注意点~しっかり理解して活用しよう~
どんな制度にも、良い面と注意すべき面があります。配偶者居住権を検討する際は、双方をしっかりと天秤にかけることが重要です。
メリット
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【配偶者側】住み慣れた家に生涯住み続けられる
最大のメリットです。環境を変えることなく、安心して生活を続けられます。
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【配偶者側】生活資金となる他の財産も確保しやすい
前述の通り、所有権を取得するより低い評価額で済むため、預貯金などをより多く相続できる可能性が高まります。
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【子など所有者側】親の居住の安定を確保できる
「お母さんには、あの家にずっと住んでいてほしい」というお子様の想いを、法的に実現できます。
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【家族全体】二次相続まで見据えた節税効果が期待できる
家族全体として、次世代に多くの財産を遺すことに繋がります。
デメリットと注意点
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【配偶者側】自宅を自由に売却・賃貸できない
あくまで「住む」権利なので、もし将来「家を売って老人ホームの入居金にしたい」と思っても、所有者であるお子様などの同意がなければ売却できません。
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【配偶者側】施設入所などで家が不要になっても権利はなくならない
一度取得した配偶者居住権は、簡単には放棄できません。もし施設に入って誰も住まなくなったとしても、後述する建物の維持費などを負担し続ける義務が残る可能性があります。
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【子など所有者側】不動産を自由に活用できない
親が亡くなるまで、その不動産を売ったり、自分で使ったりすることはできません。不動産の塩漬け状態になってしまうリスクがあります。
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【子など所有者側】固定資産税の負担
不動産の所有者には、毎年固定資産税の支払い義務が発生します。これは所有者であるお子様などが負担することになります。
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【双方】必要経費の負担で揉める可能性
民法では、通常の必要費(経年劣化による雨漏りの修繕など、家の維持に通常必要な費用)は配偶者が負担し、固定資産税は所有者が負担すると定められています。しかし、「どの修繕が通常の必要費にあたるのか」といった点で、後々トラブルになる可能性があります。
【重要!】必ず「登記」をしましょう!
配偶者居住権を取得したら、必ず法務局でその権利の「登記」を行ってください。
登記とは、不動産の権利関係を公に示すための記録です。なぜ登記が必要かというと、第三者に対抗(権利主張)するためです。
もし登記をしていないと、万が一、ご自宅の所有権を相続したお子様が、お金に困ってその家を赤の他人に売ってしまった場合、新しい所有者に対して「私はここに住む権利があります!」と主張することができなくなってしまいます。新しい所有者から「出ていってください」と言われれば、従うしかありません。
登記さえしておけば、たとえ所有者が誰に変わろうとも、ご自身の「住む権利」を堂々と主張できます。配偶者居住権を設定する際は、登記までをワンセットで考えるようにしてください。
配偶者居住権を活用すべきケース・不向きなケース
では、具体的にどのようなご家庭で配偶者居住権の活用を検討すべきなのでしょうか。
活用すべきケース
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遺産が自宅不動産に偏っており、預貯金が少ないケース
まさにこの制度が想定している典型例です。配偶者の居住と生活資金の両方を守るのに最適です。
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先妻の子と後妻など、相続人間の関係が良好とは言えないケース
遺産分割で揉めることが予想される場合、遺言によって後妻さんの居住権を法的にしっかりと確保しておくことで、無用な争いを避けられます。
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二次相続まで見据えた相続税対策を積極的に行いたいケース
特に資産家の皆様にとっては、事業承継や資産承継計画の一環として非常に有効な手段です。
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被相続人や他の相続人が、配偶者に今の家に住み続けてほしいと強く願っているケース
ご家族の想いを法的な形で実現できます。
不向きなケース
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配偶者がご高齢で、近い将来、施設への入所を検討しているケース
前述の通り、一度設定すると権利の処分が難しくなるため、かえって足かせになる可能性があります。
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不動産を売却して、そのお金を分けたいと考えているケース
配偶者居住権を設定すると不動産が塩漬け状態になるため、売却を前提とする場合には向きません。
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築年数がかなり古く、近い将来に大規模修繕や建て替えが見込まれるケース
高額な修繕費用や建て替え費用を誰がどう負担するのか、という新たな火種を生む可能性があります。
補足知識「配偶者短期居住権」とは?
配偶者居住権とセットで覚えておきたいのが「配偶者短期居住権」です。これは、配偶者居住権とは全くの別物です。
目的 | 遺産分割協議がまとまるまでの間、とりあえず配偶者が自宅に無償で住み続けられるようにするための一時的な権利。 |
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成立要件 | 遺言や協議は不要。法律上の配偶者であれば、法律上当然に発生します。 |
期間 | 最低でも相続開始から6か月間は保障されます。 |
つまり、遺産分割が終わるまでの「つなぎ」の権利です。話し合いが長引いても、すぐに家を追い出される心配はない、という安心材料だとお考え下さい。恒久的な居住を保障する配偶者居住権とは、全く性質が異なる点にご注意ください。
(出典:配偶者の居住の権利を保護するための方策(配偶者短期居住権)の概要(法務省))
まとめ:後悔のない相続のために、まずは専門家にご相談ください
今回は、2025年最新情報として「配偶者居住権」について、基礎から応用まで詳しく解説してきました。
【本記事の重要ポイント】
- 配偶者居住権は、残された配偶者が生涯ご自宅に住み続けるための強力な権利。
- 所有権と分離することで、遺産分割が柔軟になり、配偶者の生活資金も確保しやすくなる。
- 二次相続まで見据えると、大きな相続税対策になる可能性がある。
- ただし、不動産の処分が制限されるなどのデメリットもあり、万能ではない。
- 権利を守るためには、必ず「登記」が必要。
配偶者居住権は、残されたご家族の生活を守り、円満な相続を実現するための素晴らしい選択肢の一つです。しかし、その一方で、ご家族の状況や財産構成によっては、必ずしも最適な答えとは限りません。生前贈与、遺言による他の分割方法の指定、あるいは生命保険の活用など、検討すべき対策は数多く存在します。
「私たちの場合は、どの方法が一番合っているんだろう?」
「遺言書で配偶者居住権を指定したいけど、どう書けばいいか分からない」
「他の相続人と、どうやって話し合いを進めればいいだろうか…」
このような疑問やお悩みが少しでも頭に浮かんだら、それは専門家である弁護士に相談するタイミングです。相続は、一度手続きを終えてしまうと、やり直しがきかないケースがほとんどです。だからこそ、手続きを進める前に、専門家の知見を借りることが、後悔しないための最善の道筋となります。
相続は、ご家族への「最後の想い」を形にする、非常にデリケートで大切な手続きです。 その想いが、法的な知識がなかったために実現できなかったり、かえってご家族間の争いの種になってしまったりするのは、あまりにも悲しいことです。
私たち蒼生法律事務所は、これまで数多くの相続案件を手掛け、ご家族一人ひとりの想いに寄り添いながら、最善の解決策をご提案してまいりました。初回のご相談は無料でお受けしておりますので、どうぞご不安なこと、分からないことを、ありのままお聞かせください。
あなたと、あなたの大切なご家族が、笑顔で未来へ進むためのお手伝いができれば幸いです。
まずは気軽にお問い合わせください。 あなたからのご連絡を、心よりお待ちしております。
出典一覧:
配偶者居住権の概要(法務省)
No.4666 配偶者居住権等の評価(国税庁)
配偶者の居住の権利を保護するための方策(配偶者短期居住権)の概要(法務省)

2004年の弁護士登録以降、個人・法人問わず幅広い事件を担当し、クライアントにとっての重大事には誠実かつ丁寧に寄り添う。命運に配慮し、最善策を模索。豊富な実績と十分なコミュニケーションで、敷居の高さを感じさせない弁護士像を追求してきた。1978年大阪府出身、京都大学法学部卒業。2011年に独立。不動産・労務・商事・民事・破産・家事など多様な分野を扱い、2024年6月に蒼生法律事務所へ合流。相続・遺言