クリニック・病院経営者の相続対策


医師の方が亡くなったときの相続は、特に注意すべき事例です。
勤務医の方、開業医の方、法人化している場合など、対応は分かれますので、個別に解説します。

勤務医の方


勤務医の方の場合、事業を営んでいるわけではありませんので、「通常の相続対策」を行うべきことになります。

勤務医の方でも、「通常の相続対策は必要である」事にご注意ください。
特に、現在ご高齢の方の中には長年の医師としてのご経験の結果、多額の資産を形成しておられる方も数多くいらっしゃいます。
相続税対策が必要になる場合も散見されます。
また、ご家族が自活できているかによって、相続時の紛争予防が必要になる場合があります。

例えば、葬儀費用や納骨費用等を被相続人の相続財産から支出すること<自分の葬式代を自分で出すこと>は、皆様がお考えのことでしょう。
しかし、法律上、相続人全員の同意がなければ葬儀費用等は喪主の負担となります。
遺骨の争い、といった話もあります。
葬儀関係の事項だけでも遺言書に遺しておくべきです。
皆様が「通常そうなるだろう」とお考えのことでも、遺言書に遺しておかなければ紛争に至ることが多数あります。

法律上の処理と世間の常識は一致しません。
そして、一旦親族間で紛争に至れば、家族関係は崩壊します。
医師の方は家計や家庭の柱であることが多く、自らのいない後に家族が崩壊しないためにも適切な準備を切に望みます。

税制面では、生前贈与非課税枠や生命保険の活用などが検討課題となりますが、税制は毎年のように変更されます。
相続関係の法令も改正がなされています。
「勤務医だから関係ない」ということではなく、弁護士と税理士の助言を得て対策することを強くお勧めします。
還暦という言葉もありますので、60歳を迎えられた方は一度ご検討をお勧めします。

法人化していない開業医の方


開業医の方で法人化していない場合、通常の相続問題に加えて事情関連の検討事項も増えます。
事業に関する資産と負債は全て医師個人に帰属する財産になります。
一般的な個人事業主と同様です。

院長である医師が亡くなった場合、診療所(不動産)や医療機器といった資産はすべて相続の対象となります。
相続人の中に医師資格を有する方がおられない場合や、相続人の中に事業を継ぐ方がおられない場合、医院の廃業と売却を行う必要があります。

また、個人事業の医院でも医療スタッフを雇用していることが通例です。
スタッフの処遇を含め、急に院長が死亡した場合に医院をどうするのかについて、遺言や家族間での合意を含めて事前に整理しておくことが必要です。
院長の先生を信頼している患者様のことを考慮しても、医院の行く末は決めておくべきかと考えます。

遺言書での指定や遺産分割によって、相続人の一人が個人事業として医院を引き継ぐ場合、相続人の方に診療所関係の財産が全て承継されるように遺言書を整える必要があります。
また、生前のM&Aを行う場合などで顕著ですが、開設許可・保険医療機関指定などが個人名義の場合、承継を機に再手続が必要となることがあります。
これらの点を考慮しても、院長である医師の方がお元気なうちに後継者を定め、その交代に関する種々の手続を確認しておくことが重要です。

相続税務上の注意点として、個人事業として医院を営んでいる場合、診療所の建物や土地、医療機器等の固定資産のほか、運転資金や医療材料の棚卸資産が相続財産として計上される点が挙げられます。
結果的に相続税評価額が大きくなる可能性が高く、納税費用の準備のためにも早めに対策が重要です。

また、相続税を考慮した場合には、いわゆる一次相続(家計の柱である者が亡くなった場合)と二次相続(その後に配偶者が亡くなった場合)の双方を考慮し、相続税納税額を圧縮することが望まれますが、ご家族がトラブルにならないような対応を考慮する必要があります。

法人化している医療法人の場合


医療法人の場合、医院や病院は法人の所有物です。
個人資産ではありません。
ですから、理事である医師の方が亡くなっても、その法人は存続します。

問題となるのは、亡くなった医師が医療法人の出資持分(株式と同じようなものとお考え下さい)を保有しているかどうかです。
そして医療法人内での役職などを考慮して、どのような承継を行うかどうかです。

平成19年の医療法改正により、「持分のある医療法人」は原則として新設できなくなりました。
それ以後は、「持分のない医療法人」が設立可能になりました。
ただ、現在も医療法人の多くは「持分のある医療法人」であろうと考えられます。
本記事作成時の令和7年では双方の医療法人が相続に関係する可能性があるので、以下では「持分のある場合」「持分のない場合」に分けてポイントを解説します。

持分のない医療法人の場合


持分のない医療法人では、持分の相続問題は発生しません。
社員である院長が退社(死亡を含む)しても、出資権の評価や相続税の問題は基本的に生じません。

しかし、その後、誰が経営権を持つかについては事前に決めておく必要があります。
医師が理事長や理事を務めている場合は、医療法人内部で後任理事・理事長を選任する手続が必要です。
相続問題ではありませんが、医療法や法人の定款に則って手続を行う事になりますので、定款の定めを見直すことが考えられます。

税務上、財産権の相続がないため大きな相続税負担は生じにくいでしょう。
持分がないため、相続財産の中に医療法人の出資持分評価額が加算されないからです。
なお、持分のない医療法人において医師の方が退職される場合、退職金支給等を伴う場合が多いですが、急に医師が亡くなった場合など、相続人であるご家族が医療法人からの退職金を受け取る場合、遺族退職金の非課税枠など所得税法上の特例が適用される場合がありますので、弁護士・税理士といった専門職にご相談ください。

相続対策としては、持分のない医療法人の場合、後継者、経営体制の継続が適切になされるかどうかを考慮し、医療法人自体の定款等各規程を見直すことが必要になろうかと考えます。
また、遺言書があれば「故人のご遺志ですので」と周りの方の説得材料になる場合もあります。事実上の処理を考えても、遺言書はあったほうが良いものです。

持分のある医療法人の場合


平成19年以前に設立された医療法人の中には、社員が出資持分を保有している形態のものがあります。
これが、「持分のある医療法人」です。

医療法人の持分は、法務的にも税務的にも大きな影響を持ちますので、事前の対策が重要です。

まず法律上のことですが、医療法人の持分は相続財産となります。
「持分のある医療法人」の持分は、株式会社の株式と同様に財産権です。
したがって、院長(出資者)が亡くなると、相続人が医療法人の持分を承継します。
相続人が一人であればよいですが、複数の相続人が出資持分を引き継いだ結果、医療法人の運営に影響を与える可能性があります(株式会社でも同じ問題が生じることがあります)。
株式も持分も、特定の方に集中させることが望ましく、また、指定した人が先に亡くなった場合の対処までも考えておく必要があります。
人間はいつ死ぬか誰にも分かりませんが、事前に対策を考えることは出来ます。
このためにも遺言書は必要不可欠でしょう。

次に、税務上の注意点を述べます。
医療法人の純資産が多い場合、相続税評価額が非常に高くなることがあります。
特に都心部など地価が高額な医療法人は、土地や建物などの含み益を抱えているケースが多く、相続税の負担が重くなる可能性があります。
この場合、納税資金の確保は非常に困難をきたします。
場合によってはそのために医院を閉院したり他に移転したりしなければならなくなることもあるでしょう。

相続対策のみを考慮すれば、「持分なし医療法人」への移行や、持分の評価引下げの対策をとることが考えられます。
「持分なし医療法人」には、知事の認可など、一定の行政手続も必要になりますので、事前準備が必要不可欠です。
また、移行の際は、持分の放棄に伴う贈与税などの課税問題が生じることも考えられますので、税理士・弁護士双方のアドバイスが必要であろうかと考えます。

別案として、持分自体を事前に有償譲渡(売買)することも考えられます。
これであれば組織債権などは考えずに済みますが、売買対価をどのように調整し、用意するのかについて別途検討が必要になります。
なお、持分の無償譲渡は贈与税の観点からお勧めできません。

その他、相続人間での資産移動であれば生前贈与枠や生命保険の活用が考えられます。
第三者の方に承継させる場合には、適切な事業承継計画と一定期間の移行への準備(患者の方は先生を信頼して受診されるのですから、患者の方の信頼も移行させる必要があります)、M&Aの活動など、取りうる選択肢の中から適切なものを選び、それぞれの先生に応じたやり方を考えることが必要になります。

医師として日々の診療に専念される方ほど、相続や事業承継の問題に時間を割きにくいと思われます。
しかし、突発的なリスクを考慮すると、早めの対策・準備が結果的にご家族やスタッフを守ることに繋がります。
弁護士、税理士などの専門家と連携しながら、診療所や法人の現状に応じた最適なプランを立てておくことが大切です。

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