「知らなかった」では済まされないのが相続の現実です。相続人を正確に把握していないと、せっかく整った遺産分割が無効になったり、見落としていた借金を背負ってしまうリスクもあります。
また、相続税の申告にミスがあると、追徴課税の対象にもなりかねません。
相続に関する調査は複雑で専門的な知識が必要なケースも多いため、事前の正しい情報収集が不可欠です。
この記事では、相続人・財産調査の具体的な手順と注意点を、実務の観点から丁寧に解説します。
相続人調査
相続人の調査は、遺産相続において非常に重要な手続きの一つです。相続人を正確に特定することで、相続分や相続割合を把握することができ、遺産分割を適切に行うことができるようになります。
相続人の調査が不完全な場合には、相続権を有する人が関与しないまま遺産分割をしてしまい、せっかく成立した遺産分割協議が無効になることもあります。
また、相続税の申告も不正確となってしまい、申告し直さなければならないだけでなく、追加の税金を請求されたり、過少申告で追徴課税されるリスクがあります。
相続人の調査におけるポイント
- 1. 相続人の範囲
「相続人」というと、法定相続人だけと思われがちですが、そうではありません。親族以外の第三者が指定相続人とされるケースもあり得ます。
法定相続人 | 民法で定められた相続する権利を持つ者を意味します。配偶者がいる場合には、配偶者は相続人となります。 内縁のパートナーには、法定相続人としての相続権は認められていません。また、子ども、両親、兄弟姉妹の順番に相続権があります。 |
指定相続人 | 遺言書に基づき、被相続人(相続の対象となる人)が指定した相続人も含まれます。 内縁のパートナーなど、親族以外の第三者が指定されることもありますので、遺言書の捜索、確認が必要です。 |
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2. 相続人調査の方法
相続人を特定するための方法としては、以下のようなものが考えられます。
戸籍謄本の取得 | 被相続人やその親族の戸籍謄本を取得することで、相続人を確認します。戸籍を確認することにより、被相続人の出生や死亡、婚姻歴、親子関係など様々なことがわかります。被相続人の戸籍は、出生から死亡までのすべてを遡って取得する必要があります。 特に、養子縁組や離婚をしている場合には、親子関係・親族関係が複雑となりますので、慎重に確認する必要があります。 |
戸籍の附票や住民票 | 戸籍に加えて、被相続人の住民票や附票を調べ、住所の移転履歴を確認する必要がある場合もあります。 |
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3. 相続人調査の注意点
被相続人が養子縁組していた場合や離婚歴を有する場合には、それまで存在さえ知らなかった人まで相続人となる可能性があります。
また、被相続人の出生から死亡までのすべての戸籍謄本を遡って取得する必要があるため、相当な手間暇がかかります。慣れていないと戸籍の読み方も分からないかもしれません。
そのため、相続人調査の経験が豊富な弁護士や司法書士に依頼することをお勧めします。
相続財産調査
相続財産の調査は、遺産相続において非常に重要な手続きの一つです。相続財産の調査を通じて、被相続人が所有していた財産だけでなく、負債を正確に把握することができます。また、相続税の申告を行うための基礎情報を得ることもできます。
相続財産調査の主な目的は、相続財産を特定して、相続人に対する適切な分配を行うことです。
相続財産の調査が不完全な場合には、相続した後に財産より負債が大きいことが分かって大変な事態を招くこともあります。また、相続税の申告が不正確となってしまい、申告し直さなければならないだけでなく、追加の税金を請求されたり、過少申告で追徴課税されるリスクがあります。
1.相続財産の調査項目
相続財産の調査においては、被相続人の所有していたすべての財産を慎重かつ丁寧に捜索、確認していくことになります。
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1) 不動産
被相続人が所有していた土地や建物を調査します。自宅だけでなく、賃貸用マンションやアパートを所有している場合もあります。また、事業用の不動産を所有している場合もあります。不動産登記簿謄本や固定資産税の課税明細書を確認することが一般的ですが、市町村ごとに作成される名寄帳で確認することが有用な場合もあります。
不動産の評価額を調べることも重要です。抵当権などの担保権の設定の有無や賃貸状況、境界確認などを通じて、評価額を調査します。評価が難しい場合には、不動産鑑定士や税理士にも依頼した方がいいケースもあります。相続税の申告においても、正しい評価額を把握することは重要となります。
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2) 預貯金
被相続人の預貯金口座を調査します。銀行の通帳やキャッシュカード、取引明細書や郵便物、過去の税務申告書などを確認し、預貯金先を調査します。
預貯金口座が特定できれば、残高だけでなく、通帳記載の内容を確認し、必要であれば、出入金記録を取り寄せます。不透明な出金があれば、関係者に確認する必要があるかもしれません。
最近では、インターネットバンキングやオンライン口座を使用しているケースも増えており、取引明細書や郵便物が残されていない場合もあるため、注意が必要です。
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3) 株式・証券
被相続人が所有していた株式や証券、投資信託などの金融資産を調査します。被相続人が会社の役員・代表者である(であった)場合には、法人株式を所有している可能性があります。また、ゴルフ会員権やリゾート会員権を所有している場合もあります。証券口座の明細書や配当などに関する郵便物を確認し、調査します。
株式や証券の評価は市場価格を参考にしますが、上場会社でない会社の株式などの評価については、必要に応じて、税理士・公認会計士に協力を依頼し、価値を算定します。
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4) 現金・貴金属・時計
被相続人が所有していた現金や貴金属(宝石、金など)・時計を調査します。自宅だけでなく、銀行に貸金庫がある場合もあります。金や腕時計などは、取得時より大きく価値が上昇している可能性があります。
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5) 美術品・骨董品
被相続人が所有していた美術品や骨董品(絵画・陶器など)を調査します。真贋の判断や価値の評価などについては、専門家に協力を依頼します。思いのほか高額な品が見つかる可能性もあります。
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6) 生命保険金・養老保険
被相続人が加入していた保険を調査します。保険証券を基に、保険金の受取人や支払われる保険金額などを確認します。相続税対策などの目的のために、複数の保険に加入している場合もあります。
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7) 動産類
被相続人が所有していた動産類(自動車、家電・家具など)を調査します。古いものは価値がないと思われがちですが、特に希少価値の高いものは高額となる可能性があります。
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8) 債務・負債
財産だけでなく、債務・負債も相続の対象となります。そのため、被相続人が負っていた借金(住宅ローンや教育ローンを含む)や今後支払期限が到来する債務などを調査します。被相続人が会社経営者であった場合などには、事業用資金の連帯保証人になっている場合があります。借用書やローン契約書、預貯金口座の履歴やクレジットカードの請求書などを確認します。
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9) その他の権利・利益
被相続人が持っていた権利(貸付金債権や知的財産権など)や利益(著作権・特許権から生じるロイヤリティなど)も相続財産となります。被相続人の業務内容などを通じて、相続財産となり得る権利・利益を確認します。
2. 相続財産の調査方法
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1) 被相続人に関する情報収集・整理
被相続人の生活環境や業務内容などの情報から、相続財産の種類や範囲などを検討します。家族でも把握していなかった財産が見つかる場合もあります。
金融機関や保険会社に問い合わせる際には、相続関係の証明が必要となりますが、毎回、多くの戸籍・除籍を収集して提出することは大変です。そのため、法定相続情報一覧図を作成し、法務局に届け出て、法定相続情報証明制度を利用すると便利です。
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2) 相続財産の評価
不動産、預貯金、株式など、それぞれの相続財産について評価額を算出します。一般的に、不動産は路線価や固定資産税評価額を、株式や証券は市場価格を参考にしますが、評価が難しいものもあるため、必要に応じて、専門家(不動産鑑定士・税理士・公認会計士・美術商など)に協力を依頼して進めます。
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3) 債務・負債の確認
相続の対象となる債務・負債が相続財産を上回る場合には、相続放棄の手続をとるべきか、検討することになります。
相続放棄をするためには、原則として、自分のために相続の開始を知ったときから3か月以内に、家庭裁判所で手続をとる必要があります。相続放棄の手続においては、戸籍などの資料を用意する必要があります。3か月の期間を過ぎてしまうと、相続を受け入れたものと見做されるため、注意が必要です。「法律を知らなかった」「忙しくて手続をとれなかった」という理由があっても、期間経過後の相続放棄は認められません。
ただ、相続開始時点では、相続財産と債務・負債のどちらが大きいのか、直ぐに判断できない場合もあります。そのような場合には、家庭裁判所で手続をすることにより、相続の承認・放棄の期間を伸長してもらうことができます。
3. 相続税申告にも重要
相続財産の調査や評価は、相続税の申告においても重要となります。
相続税の申告・納付は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に行う必要があります。申告期限を過ぎてしまうと、加算税や延滞税を課される場合があります。また、相続財産や評価に誤りがあった場合には、修正申告を行う必要があり、追加での負担が発生する場合があります。
4. 相続財産調査の注意点
- 1)漏れなく調査すること: 相続財産には様々な種類があるため、調査に漏れがないように慎重かつ丁寧に確認することが重要です。
- 2)正確に評価すること:相続財産の評価方法は、財産の種類によっては難しいものもあるため、必要に応じて、専門家に依頼することが重要です。
- 3)債務・負債を調査すること: 相続財産だけでなく、被相続人が負っていた債務・負債についてもしっかり調査し、相続するべきか否か(相続放棄するか)を判断することが重要です。
- 4)相続税の申告: 相続税の申告には期限がありますが、相続財産の調査には時間を要することがあるため、早めに調査を始めることが重要です。

2004年の弁護士登録以降、個人・法人問わず幅広い事件を担当し、クライアントにとっての重大事には誠実かつ丁寧に寄り添う。命運に配慮し、最善策を模索。豊富な実績と十分なコミュニケーションで、敷居の高さを感じさせない弁護士像を追求してきた。1978年大阪府出身、京都大学法学部卒業。2011年に独立。不動産・労務・商事・民事・破産・家事など多様な分野を扱い、2024年6月に蒼生法律事務所へ合流。相続・遺言